『硬派でエリート軍人の俺が遊び人ごときに翻弄されるわけがない!

第一話「邂逅」

田中光一朗の噂は、佐々木も知っていた。

曰く、稀代の遊び人。曰く、連隊のドン・ファン。

なんでも男も女も喰うらしい”あの”田中少尉……と小声で囁きあう兵をつまらん無駄話をするな、と叱りつけたこともある。

しかし佐々木はそんな噂を真には受けていなかった。 どうせ、懇意の芸妓でも取られた腹いせの浮言だろう……そこに尾ひれがついて話が大きくなったに違いない。というのが佐々木の評価だった。

たまに見かける田中は、誰かと肩を組み、気さくな笑みを浮かべていた。そんな男が、噂のような厭らしい一面を持っているとは思えなかったのである。

一方で、佐々木峰貴は連隊一の硬派として知られていた。

規律にうるさく、下世話な話を嫌い、酒席でそんな話が出ようものなら上官相手でもぴしゃりと話をやめさせる。酒は飲んでも付き合い程度、煙草はのまぬ、とくれば、あるいは揶揄をもって「硬派」の称号が与えられたのだろうが、常に軍務に妥協を許さない厳しさ、誰よりも激しく自分を追い込むその姿には凄みがあった。それに整った顔立ちとどんな時でも崩れない姿勢の良さが佐々木に「硬派」の説得力を与えていた。

そんな佐々木を酒席の戯れとはいえ「お前、真面目すぎるぜ」と田中がからかったのには、周りをひやりとさせた。しかし、田中の人懐っこさがするりと佐々木の懐に入ったのか、「悪かったな」とだけ返したその声には強い拒絶の色は含まれてはいなかった。 田中が勧める分には黙って酒杯を受け取る佐々木の姿を見て、周囲は、あの扱いにくい佐々木少尉が……と、どこかホッとした空気すらあった。

実のところ、酒が入っていつもの固さが緩んだ佐々木の目には田中の軽薄な明るさがどこか羨ましく写っていた。

彼は、幼少の頃から厳格な父親と祖父の元で「立派な軍人」となるべく育てられてきた。 そのためには人の何倍も勉強や鍛錬に励み、遊びなどもってのほか。 遊び人の悪評が立っても許されるような人を惹きつける魅力は自分には持ち得ない。むしろ、普段は他人に畏怖され遠ざけられるような性質の佐々木にとって、田中から気安くからかいの声をかけてきたことには驚きととよにほんの少しの喜びすら感じていた。

そんな心持ちの佐々木だったから、宴も終わりに近付いた頃に「飲み足りないよな」と田中が誘いかけてきたのには何の警戒心もなく「ああ」と受け入れていた。

「貴様には妙な噂が立っていたからどんな奴かと思っていたが……」 「“妙な”噂だって?」

けらけらと田中は笑い飛ばす。 「男も女も喰うだとか、稀代の遊び人だとか…」と顔を顰めた佐々木が続ける。田中は「なるほどな」と応えて酒を舐めた。 「試してみるか?」

言って、軽く佐々木の肩を叩く。 声はこれまでと変わらず明るく朗らかだったが、その瞳の奥には冷たく光るものがあった。

予想外のその言葉に佐々木は思わず「ふざけるなよ」と口をついたが、その口調には普段の鋭さがなく、どこか弱々しく響いたのは果たして酒精の影響だけだったのだろうか?

人のよい笑みを浮かべたまま、田中の瞳の奥が冷たく光ったのに気づいて、佐々木の身体が一瞬硬直した。田中は怒っていてそんな目つきをしているのではない。獲物を見てどう追い詰めようか想像して楽しむような視線――、それが佐々木の武人としての本能を刺激したのであった。

「ふざけるなよ」と口は動いたものの、酒の影響か思ったよりもその言葉は鋭くは響かなかった。むしろどこか弱々しく発せられ、その声音に田中は唇の端を持ち上げた。 軽く肩を叩いた手は、そのまま佐々木の頬に触れ、顎の線をなぞり、軍服の襟元を緩める。慣れた手つきで釦を外し、酔いで火照った胸元を意外にも冷えた指が滑っていく。

「やめろ……」

低く佐々木は呟いたが、自分の身体を這う手を強くは押し返せず、佐々木の手はわずかに震えてさえいた。頭の中では危険信号が発せられていたが、ひやりとした指先が胸を撫でるその感触は甘さを期待させ、酒で緩んだ佐々木をぼうっとさせていた。

田中の顔が近づく。首元に熱い息がかかる。ちゅ、と唇が落とされ、湿った舌がぴちゃぴちゃと首筋を這うその感触に、佐々木は硬直した。

そうするうちにそろりと腿のあたりに田中の手が伸びる。肝心な場所には触れずゆったりと腿の筋肉をなぞる。厚い生地の上からの動きがもどかしい。

だから腿を撫で回していた田中の手が軍袴に取り掛かった時、どこか安堵としたような気持ちが生まれたのは仕方のないことだった(いや、俺は何を考えている……!)

佐々木の冷静な部分が抗議したが、そんなことはお構いなしに田中の動きは進む。布に押さえつけられていた”それ”が解放されて、今度は田中の手によって捕らわれた。ゆっくりとその手が上下する。熱気を帯びたそれはさらに高められ硬さを増していく。

「やめろって、言ってる、だろ…」

弱々しく抵抗の声を上げながら、舌を乳首に這わせる田中の頭を引きはがす。 その一方で腰は熱い昂りを擦りつけるようにゆっくりと揺れていた。

「そりゃあ、もちろん嫌ならやめてもいいんだぜ」

田中は手を止めて目を細め、じっと佐々木の目をのぞき込む。 その瞳の冷たさに思わず佐々木は目を逸らした。

「俺はっ……」

うまく言葉が出ない。 佐々木の理性の部分に反して、腰は田中の手に敏感な部分を押し付けていた。

「まあ、聞くまでもないか」

と、佐々木の熱い猛りをおそろしくゆっくり扱き始める。動きがあまりに遅く、佐々木の昂りは我慢の限界を試されるようだった。そのもどかしさに佐々木の腰はより激しく動く。

「身体は正直だよなぁ」

言って田中が膝をついて屈むと、昂りが熱く湿った感触に包まれた。ぬるぬると舌の先が先端の敏感な部分を這い回る。痺れるような快感を感じたところで田中の唇が離れ冷たい息を吹きかけられる。佐々木は思わず仰け反った。

「っ……あぁ……」

佐々木自身が吸い上げられるたびに湿った音が響く。 時おり軽く歯を立てて刺激を加え、舌が裏筋をなぞる。

「やめっ……あっ……」

田中の手が佐々木の身体を掴んで動きを導きながら、喉奥まで受け入れた。

「こんなこと……もう……」

このままだと無様にもこの男の口の中で果ててしまう。腹に力を入れて佐々木ははかない抵抗を行なったが、そんなことはお見通しと、ますます強く吸い上げられ、敏感な部分を舌で嬲られる。指は睾丸を弄び、会陰を撫で回す。 巧みなその動きに耐えきれず、背を逸らして佐々木は絶頂に達した。

「っは……ははっ」

田中は口から佐々木の精を吐き出す。

「お前ずいぶん溜め込んでるな、身体に悪いぜ」 言いながら精を吐き出した掌をこちらに向ける。言われて無意識に一瞬視線を落とす。

「……っ」

言い得ぬ屈辱感に目を逸らし、佐々木は唇を噛んだ。

「気持ちよかっただろ? まあ無理に我慢するくらいなら俺が相手してやるさ」 「…誰が、貴様にっ……!」 意に反して声が上ずる。

「おお、怖い怖い」落とした帽子を被り直し、立ち上がって田中はからからと笑い声をあげる。 「じゃ、いい夢を」

佐々木はいつも通りの軽薄な笑みを浮かべた田中を睨みつけたが、涙の滲んだその目にいつもの迫力は籠もっていなかった。

—-『硬派でエリート軍人の俺が遊び人ごときに翻弄されるわけがない!』第一話「邂逅」おわり

(2025.03.09 ver1.1)