『雪を穢す紅い花』

第一話「褒美」

帝国軍人村瀬は戸惑っていた。

任務を終え帰京してすぐに上官たる九条誠士郎に私邸へ来るよう指示された。あの方がわざわざ自分の領域に私を呼び出すとは珍しい、そんなことを考えながら磨かれたように輝く――実際女中たちが毎日磨くがごとく清めているのである――廊下を歩く。応接間へ女中に案内され、村瀬ですと声を掛ける。「入れ」と静かな声が返ってきたのを認めて、村瀬は堂々とした長躯をわずかにかがめるようにして敷居を跨いだ。

彫刻のように整った無表情で九条誠士郎は「任務ご苦労だったな」と口を開く。労りの言葉であったが、その口調に温かさはない。そもそも自分が命令に従うのを当然至極のものとしているこの方が労りの言葉を口にすること自体、初めてではないかと村瀬は心の中で首をひねった。

誠士郎は片手の煙草を燻らせ言葉を続ける。

「貴様のこれまでの働きには感謝している」

いよいよおかしい。確かに今度の任務で村瀬は骨を折ったが、この九条誠士郎という男に仕えるのであれば宿命であり特別なことではなかったはずなのである。それをどうしてこの冷淡な上官が褒める必要があろう?

「……お褒めにあずかり光栄です」

できるだけ訝しげにならないように自己を抑えて村瀬は応える。

案内した女中の気配も消え、しん、とした秩序そのものの応接間に響いた誠士郎の次の言葉はもはや村瀬の想像の外のものであった。

「褒美をやらねばな」

「褒美……ですか?」

九条誠士郎はしばらく黙って煙草を吸っていた。やがて、その手が机の上の灰皿に動く。火をもみ消し、視線をこちらに戻す。

「雪乃だ」

誠士郎の低い声が重く響いた。

「は……?」

なぜ誠士郎の妹にあたる九条家の姫君の名前が出てくるのだ。思わず村瀬の口から疑問の声が漏れる。しまった、と村瀬は思うものの、誠士郎の切れ長の瞳の奥は深くて感情が読み取れない。

「女の一人も抱かせてやれんようじゃ、上官の面目が立たん」

それはどう考えても”上官の面目”などではなかった。九条誠士郎の目は続きの間の襖の向こう側を見据えていた。

ほとんど音を立てずその襖が開く。緑の黒髪に映える透き通るような白い肌、その肌を覆う薄桃色の着物が光に淡く染まる。長い髪が畳に触れていた。三つ指をついた少女は頭を深く垂れ、表情を窺い知ることはできない。

九条家の姫君、雪乃……その人を見つめていることに気づき、慌てて目をそらす。この方を自分がそんな目で見ていいはずがない。罪悪感に胸を裂かれるような気持ちで部屋の奥に目をやると、そこには、すでに布団が敷かれていた。村瀬は息が止まりそうになる。床の上に二組の枕と、乱れることを待つような整い切った敷布。舞台はすでに用意されている。……いったい何のために?

雪乃の頭がついと持ち上がる。彼女の伏せがちな瞳に長い睫毛が影を落とす。固まっている村瀬を見ると静かに雪乃は口を開いた。

「来なさい、村瀬」

感情の見えないその言葉は、しかし、まるでそれが当然の言い方であるかのようだった。

村瀬の中で何かが音を立てる。それは、尊敬でも愛でもない。

「雪乃様……」

図らずもふらつきそうになりながら、村瀬は続きの間に踏み出す。

背中で、誠士郎が声を立てずに笑ったような気がした。


正座して初めて二人きりで向かい合った雪乃は、遠くから見とめるよりも小さくか細く見えた。

「雪乃様、私は……」

私は彼女に、何を言おうというのだろう。これまで彼女とは言葉を交わしたことすらない。ただ遠くから存在を知る九条家の令嬢、それが雪乃だったというのに。言い淀んだその声を無視するように、雪乃は言葉を発した。

「村瀬、……お願いします」

続きの間から誠士郎が退出した気配はない。むしろ、閉まったはずの襖を貫くような視線が部屋の中を支配していた。逃げ道など、ここには存在しない。

村瀬は唇を微かに動かしたが、声にはならなかった。

雪乃の肩に手を伸ばしそっと触れる。着物の絹の生地の下の肉付きの薄い身体を感じる。ゆっくりと敷かれた布団の上に雪乃の身体を傾けていく。

「痛くは、しませんから……」

雪乃を怯えさせないための言葉だったが、村瀬のその声は掠れてわずかに震えてさえいた。 聞いてか聞かずか、雪乃の唇からは「……兄さん」と呟きがほとんど聞こえないほどの声で漏れる。

村瀬の手が一瞬止まった。彼女の呟いた「兄さん」という言葉に息が詰まりそうになる。九条誠士郎。村瀬の上官であり、村瀬を支配する男のその名前……あの静かな命令の口調が、冷たな目線の記憶が、しかしもう一度、彼を始動させた。

恐ろしく高価そうな帯を解き、着物の前をはだけさせる。雪乃の小ぶりだが形のいい胸が露わになる。 まだ女と呼ぶにはそうなりきっていない硬さの残った乳房に指を滑らせる。

力を入れすぎないように注意を払いながら、双丘の全体をほぐすように揉み、敏感な突起の部分に刺激を与える。 押せばすぐに弾く張りと、しかしどこか触れてはならないような温度。

自分の行っている行為はいったいなんなのだろう。

自問しながら村瀬は雪乃の胸から手を外し軽く腹のあたりを撫で、腰の線をなぞるように手を滑らせてゆく。彼女の、思っていた以上に白い肌が徐々に火照りはじめる。薄い肉付きの下の腰骨の形を確かめるように手を動かすと、雪乃はほんの少し腰を浮かせて逃げるように体をよじった。

村瀬は自分の下腹に熱が溜まっていることを自覚した。

そろそろ、と自分に言い聞かせながら雪乃の足の付け根の茂みに指を沈める。

——熱い。

思わず村瀬は目を見開く。足の間に滑らせた指が、ぐずりとした音を立てる。中は信じられないほど量の蜜。それが自分の指を受け入れて、中で逃げるかのように絡みついてくる。 村瀬が指を引き抜こうとすると雪乃の中は名残惜しそうに吸い付いた。頭痛を感じながらも、村瀬は行為を先に進める。

「……脚を、少し」

村瀬の声に、雪乃が応じる。そっと膝を押すと雪乃自らの力で脚が開かれる。まるで、それは彼女の役目だとでもいうように。 見ると溢れて伝い落ちた蜜が、彼女の白い内腿を濡らしていた。

村瀬が息を呑むと、静かな部屋にごくりと音が響いた。 まだ雪乃は声もあげていない。身体だけがこんなにも準備されている。

カチャカチャと音を立て、村瀬はズボンのベルトを緩める。そのままズボンをずらすと固く熱を持って反り立った村瀬自身が剥き出しになる。それは血管が浮き出て赤黒い。 それに吸い寄せられた雪乃の瞳が揺れているを見て村瀬は躊躇した。

「村瀬、来て」

村瀬の躊躇いを読み取ったのか、感情のない声で雪乃が誘う。ただ、兄の命を遂行しようとするその意思に村瀬は震えた。

露で濡れた雪乃の入り口に村瀬は自らをあてがう。雪乃の体液と自分の体液が混ざりあう。しばらく馴染ませるように村瀬は昂りを動かした。

そして、つぷり、と自らを雪乃に侵入させる。 たっぷりと愛液が溢れていたはずなのに、押し入れた瞬間、息を呑むような細い痛みの声が上がる。 雪乃の膣内はあまりにも狭く、柔らかく温かい。

挿し入れられた異物を拒むように自身を強く締め付けられ、駄目だ、と村瀬は思った。このままでは、彼女を壊してしまう。しかし、背中には襖越しの九条誠士郎の視線を感じる。命令だ。冷たに下された声を思い出し、村瀬の心は行為と常識の間で切り裂かれそうになる。

村瀬はそのままゆっくりと深く身体の一部を雪乃に沈めていく。雪乃のとろりとした蜜がまとわりついて、その温かさに溺れそうですらあった。

「ああ……くそ……っ」

視線を落とすと、雪乃の瞳を縁取る長い睫毛が涙に濡れていた。その表情に快楽は見出せない。ただ、恐怖と命令に従う意思だけがそこにはあった。

村瀬はわずかに腰を引いた。柔らかな膣壁が逃さないとばかりに絡みつき、村瀬は形の良い眉を寄せる。引き抜かれた場所が、空虚を訴えるように熱を持った。

そして、もう一度。ゆっくりと押し込む。

雪乃のほっそりとした身体が震えた。

三度目にはわずかに角度を変えて体を動かす。快楽を与えるためではない。ただ、誠士郎に見せるための動きだった。蜜の音が微かに響く。雪乃のその手は布団の端をしっかりと掴んでいて、白い指がさらに白くなっている。

部屋には村瀬の荒い呼気の音と、淫靡な水音、そして肉と肉がぶつかる小さな音だけが響いていた。

誠士郎の視線が襖越しに刺さってくる。

褒美をやる、と言ったあの冷たい声が頭の中で反響する。 それならば、私は悦ばなければならないのだろうか。

きゅうきゅうと締め付ける雪乃の膣内の圧を感じながら、身体は自分の理性に反して動く。熱が腰の一点に集まり苦しい。 奥歯に力を入れ、堪えながら村瀬は腰を振る。自分の動きに合わせて、雪乃の控えめな大きさの乳房が揺れ、視覚が村瀬を煽った。

こんな悪夢は早く終えなければ。

腰を動かす速度を増す。睾丸が雪乃にぶつかり音を立てる。肉の音と呼吸の音、雪乃の悲鳴めいた喘ぎ声が部屋に満ちる。誠士郎はきっとこの音たちを楽しんでいる。

雪乃の胎内で村瀬は熱が込み上げてくるのを感じた。

咄嗟に中から腰を引く。自分を雪乃の身体から引き抜いた瞬間、堪えきれなかった熱が噴き上がる。村瀬自身が脈打つたびに白濁の液体が雪乃の白い腹を穢した。 荒い呼吸の中、脱力感に襲われ村瀬は視線を雪乃に向ける。雪乃の腿に、紅い血が滲んでいた。

村瀬の顔から血の気が引いた。

手は動かず、声も出ない。自分が奪ったものの大きさに村瀬の心は千千に乱れ、酸いものが喉にこみ上げてきた。

「どうして、兄さん……!」

雪乃の声が部屋に、村瀬の頭に響き渡った。

『雪を穢す紅い花』第一話「褒美」終わり


一覧 | 次話