佐々木は予定通り大陸満洲に異動した。それまでは硬派でどこか取っつきにくいところのあった男であったが、田中の影響か、少し丸くなり人当たりがよくなったと評判だった。その後家が決めた女性と結婚。穏やかな家庭を築き二男二女に恵まれた。
その一方で、田中との情事は向こう十年どころか一生忘れられないものになっていた。
妻との穏やかな夜、彼女の優しい愛撫に反応しながら、佐々木の心は田中の熱い口と激しい動き、そしてあの口吻の味を求めた。妻の腕の中で田中の唇を思い出し、彼女に口づけを求めるも、その穏やかさに物足りなさを感じて目を閉じた。
その後、佐々木は日中戦争から第二次世界大戦にかけて各地の戦線を転戦。戦場で死にかけた時にはふと田中の名を思い出し、まだ死ねないと生にしがみつく燃料になったという。
負傷して内地に戻ってからは本土決戦準備のため兵を鍛え、日本で終戦を迎えた。
田中は以前より激しく、刹那的な快楽に身を投じていた。
酒場の女主人、まだ幼さの残る初年兵、旅芸人の男、美貌の芸妓、その他数え切れないくらいの男女と交わった。そしてかれらの「刺激的なちょっとした人生の彩り」として記憶に残されていった。
さてそんな中、いつものように気軽な気持ちで軍属の技師の青年に手を出してさる高位の軍人の怒りを買うが、それはまた、別の話。
『硬派でエリート軍人の俺が遊び人ごときに翻弄されるわけがない!』完 2025/03/23 ver.1.0