『硬派でエリート軍人の俺が遊び人ごときに翻弄されるわけがない!』

第二話「誘惑」

泥を跳ねる軍靴の音。淡々と進むその音が演習場に響く。

暑すぎると誰かが呻き、隣の兵が黙っとけよと返す。

兵たちが列を作ってぬかるみを歩き、佐々木はその後ろから怒鳴り声を上げていた。

「止まるな! もっと踏ん張れ!」

その声に兵たちの空気がぴりりと引き締まり、歩みが揃う。ずっしりした背囊は肩に食い込み、汗は滴り落ちる。カーキ色の軍衣が汗に濡れて色濃くなり、赤い階級章とのコントラストがより輝く。

足元の悪さに初年兵がよろけた。佐々木はすぐ、そばに駆け寄り「立て、貴様! 強くなれ!」と肩を叩いて引き起こす。

その佐々木の灼けた顔には汗が流れ、鋭い顎の線を濡らして陽の光に反射していた。

田中がにやりと笑い「これくらいでへばるなよ。戦場じゃ生き残れねえぞ」と声を掛ける。

どれくらい泥を踏んだだろう?

急に佐々木は足を止める。「休憩だ、十五分」短く告げる。

兵たちはへたり込む。泥にまみれた軍靴を脱ぎ、汗を拭う者、息を整える者。田中は佐々木の肩を叩いて何かを囁き、それに佐々木は応える。兵たちが気づくと二人は姿を消していた。

「鬼が消えて助かったぜ」と一人が軽口を叩き、誰かが「今日は佐々木少尉の頭に鬼の角が見えた……」と続ける。周りは笑い声を上げ、先ほどまでの引き絞られた弓の弦のように張り詰めた空気が弛緩した。

「でもどこ行ったんだ? 用足しか?」兵たちは顔を見合わせる。「休めるならなんでもいいさ」と一人が言い、まったくだと彼らは納得した。

一方その頃。

兵たちが休憩している一帯を離れ、藪の中をかき分けて二人は歩いていた。

佐々木の肩に置かれていた田中の手が汗で濡れた背中を撫で、そのまま腰の後ろをトントンと軽く叩く。

「おい…」と佐々木は低く制したが、腕は振り払わない。

「安心しろよ、どうせ誰も気にしちゃいないんだからさ」略帽の鍔を軽く持ち上げ、汗に濡れた髪を弄びながら田中は悠々と笑う。

「ちょっと息抜きしようぜ」と田中が佐々木に耳打ちし、肩を叩いたのが先ほどのこと。なにを莫迦なことを…と舌打ちしながらも、佐々木は田中に誘われるままなぜか後を追っていた。

「ずいぶん余裕そうだな」

「俺? まあ鍛え方が違うからな?」

ぐるぐると片腕を回しながら田中は笑い声を上げた。

「にしても、お前ってしっかりした手してるよな」

田中は腰に回していた腕を外し、佐々木の骨ばった手を取る。

毎日早朝から木銃を握り鍛錬を欠かさないその手は豆ができ皮膚が固い。そんな指をまるで繊細な工芸品を触れるかのように田中は一本ずつ愛撫する。

僅かに佐々木は眉を上げた。

「こっちもなんだか硬派な作りしてるし」

言って、指を撫でていた手をそのまま腕へ。常に自分を追い込むかのように鍛え上げられた身体は、軍服の生地の上からでもわかるほど隆々としている。

「おい、こんなところで……」

大したことのない普通の動きのはずなのに、身体の熱が腰に集まるのを感じて佐々木は喉を詰まらせた。

「”息抜き”だって言ってるだろ? まさかお前、俺と”何か”するつもりだった?」

佐々木の敏感な反応にくすくすと笑いながら、まだ腕の筋肉をなぞる。

その手つきの甘美さに佐々木の喉がごくりと動く。

「俺、まだ何もしてないのに、喉が動いてるぞ。お前さ、手も腕もゴツいのに、反応いいよな?」

田中は低い声で囁いた。

違う、と佐々木は否定したが強行軍で熱せられた皮膚の下は敏感で、いよいよ腹の奥が熱くなる。

「じゃ、こっちも確かめてみるか」

佐々木の軍服の立襟のホックを外し、流れ落ちる汗をすくうように喉に指を這わせる。

「…ッ……」

その動きに喉の奥が震え、ごく小さな音が唇から漏れる。

(俺が……こんな遊び人ごときに、翻弄されるわけがない……!)佐々木は心のなかで叫んだ。

一方の手であちこちに触れるたびに上下する喉の動きを感じながら田中は次に背中に取り掛かった。

汗でしっとりと濡れた背の肩甲骨をなぞり、背骨を軽く押さえ、背筋の感触を楽しむ。

次第に荒い息を漏らし始めた佐々木を見て、さらに手を下に。仙骨のあたりを探るように手を滑らせ、敏感な反応を楽しむ。

「ほんと、硬派ぶっても無駄だな」

話しかけながら佐々木の喉元に熱い吐息をかける。

喉にそっと唇を当てる。ひくりと喉仏が上下し、佐々木の全身が震える。

舌先にジャリジャリとした泥が当たり、田中は唾を吐き捨てた。

「クソ、泥だらけだな」

しかし、再び佐々木の喉仏に唇で触れ、舌で軽く押さえつけ、今度はその突起に優しく噛みつく。

息苦しさとともに甘い電撃が佐々木の脳天を貫いた。

「……っ、そろそろ……」

もはや声の震えは隠せそうにもない。

「”何”をそろそろだって?」

観念したかのように佐々木は深く息を吐いた。

「……触ってくれ」

「んー、しょうがねーな、じゃあ今日は俺も楽しませてくれよ」

邪魔なズボンを取り払い、田中はお互いの反り立った熱をピタリとくっつけた。

熱が触れ合った瞬間、佐々木は驚いたように身体を跳ねさせる。初めての行為に思わず逃げようと腰を引く。

「おっと、びっくりしちゃったかな」

そんな身体を逃さないように、腰を抱き寄せ、より一層密着させる。

「こうだぜ」

けらけらと笑いながら佐々木の腰の動きを導く。

汗と熱が絡み合い、二人の昂りが触れ合うたびに卑猥な音が響く。二人の間に汗が滴り落ちる。汗ばんだ肌が密着し、互いの汗と先走りが混じって滑らかに昂り同士が擦れ合う。

佐々木の指が田中の腰に食い込み、汗に濡れた肌が滑るたび、佐々木の喉から「……ああぁっ」と声がほとばしった。

「立派なものを持ってる割に、なんかかわいい声出すじゃん」

「っあ……あぁ……」

「って、聞いてねーか、はは」

田中の手が佐々木の腰を掴み、二人の動きをさらに激しくすると、佐々木の昂ぶりが田中の昂ぶりに強く擦りつけられた。汗と熱が混じり合ったぬめりが二人の間で淫らな音を立てる。

佐々木の腰が田中の動きに合わせて震える。田中の硬い昂ぶりが佐々木の敏感な部分を擦るたび、快楽が全身を駆け巡った。

田中は佐々木の反った首の喉元が動くのを見て、喉仏に唇を押し当てる。佐々木が全身を震わせ、その反応を見た田中はちゅっと喉仏を吸い上げた。

「……っ、あ……っ……!」

声にならない叫び声を上げ、佐々木は耐えきれずに絶頂に達した。吐き出された精は田中の腹の上で汗と混ざる。

「っ……はは、喉、そんなに気持ちよかったか」

田中も小さく喘いで、佐々木の腹に熱を放った。


「くそ、露見したら軍法会議ものだな……」

まだ荒い息のまま佐々木は呻く。

「お前が言わなきゃバレねーよ」

と言った田中の口調は相変わらず軽い。佐々木は軍服を整えながら、横目で田中を睨みつけた。


兵たちには永遠に思えるような長い時間がすぎ、わずかに陽が傾いた頃、帰ってきた佐々木が突然藪の中から姿をあらわした。

その軍服には汗と泥がこびりつき、灼けた肌が陽の光に反射している。

「休憩が長すぎた」低い声で言い捨てる。一斉に兵たちが佐々木の顔を見る。

「遅れた分を取り戻す! 倍走れ!」と怒鳴ると、弛緩しきっていた兵たちの顔から笑みが消えた。

「冗談だろ……」と呟く声が漏れるが、佐々木は容赦なく「立て! 走れ!」と言葉の鞭を入れる。

田中が後ろから「鍛えるためだ、感謝しろよ」と笑みを浮かべて追撃する。

泥道に再び足音と荒い呼吸が響き始めた。

—-『硬派でエリート軍人の俺が遊び人ごときに翻弄されるわけがない!』第二話「誘惑」終わり

2025.03.18 ver.1.1 (2025.03.19 一部加筆)


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